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 番外編Ⅳ 答50~答63

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答63 中村市(なごむるしと読みます)という架空の街の地図を作った話です。100万人以上が住むことが可能な規模の街の地図で、何となく暖かな優しい感じのする街名を付けていました。この放映の中で、レギュラーのマツコ・デラックスが、”この地図に共感し、ここは新宿駅に似ている、この鉄道のカーブは所沢に似ている、駅と繁華街が離れているのは札幌とススキノ、この町の規模からいうと福岡をイメージしている”、など彼女(彼)は大変地図が好きであることがわかりました。この地図は白水社から2,160円で販売されていました。

 

 

 

 

 

 

 

答62  「地図センター」です。国道246号線を東京の二子玉川から渋谷方向に向かい池尻大橋を少し過ぎると、左手のビルの屋上に「日本地図センター」の大きな看板が見えます。首都高速道路からは上り下り両方から見えます。 問題の文章の後、”広島の昔の地図を探したが母方の祖父がコックをしていたと聞いたホテルの名前は結局どの地図にも載っていなかったことを、・・・”とあり、実際にこのビルの中にある地図の店で地図を探したことも書かれています。なお正式名は一般財団法人日本地図センターです。

 2015年12月2日の朝日新聞夕刊に、柴崎智香女史のインタビューの記事が載っており、その中で”祖父が原爆が落とされる2カ月前まで原爆ドームの近くでコックをしていたこと、・・・私が使っていた大阪の駅の近くでは終戦前日に空襲あり、・・・私が生きていることと戦争がかかわっているとも感じました。・・・「わたしがいなかった街で」はそういう気持ちで書いた小説です。”と書かれていました。小説の中には、大学の授業の中で、終戦直後の米軍写真を見て、自分の育った町が焼野原であったことも述べられています。

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答61 『真珠の耳飾りの少女』などで有名なフェルメールです。『士官と笑う娘』では、壁に大きくオランダの地図が描かれており、『地理学者』には、地図の他、海図や地球儀が描かれ、手にはディバイダーを持っています。(一財)日本地図センターなどの主催の第一回地図地理検定(当時は地図力検定)では、フェルメールの地図をバックにした『絵画芸術』の絵画の写真が出て、4択ですが誰の作か?との問題が出ました。   『士官と笑う娘』と『地理学者』 ウィキペディアから

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答60 同じ兵庫県の西脇市です。西脇市は、姫路市の北東約30㎞のところにあり、中心部より北東方向の黒田庄町黒田の大字が黒田官兵衛の生誕地であるとしています。西脇市のホームページでも、「黒田官兵衛ゆかりの地」としており、2月9日の「軍師官兵衛」の放映でも”黒田官兵衛ゆかりの地”として紹介されました。また西脇市では旧陸軍陸地測量部が北緯35度と東経135度の「交差点標柱」を立てており、”日本のへそ”を唱えています。交差点標柱は日本測地系での位置だったので、1992年に建設された「にしわき経緯度地球科学館(愛称:テラ・ドーム)」は、丘の上の世界測地系の北緯35度東経135度付近に設置されました。地理院地図に加筆  

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答59 燕の降伏のあかしとして、当時最も肥沃な土地である督亢(とくこう)を割譲することとしたため、その説明のための地図を持つことにより、荊軻は秦の始皇帝の前まで行くことができました。地図の中に匕首を忍ばせており、地図を開き終わったときにその匕首で刺そうとしましたが失敗し、殺されました。この暗殺未遂は司馬遷の史記列伝に出ており、秦の始皇帝に関する小説には必ず出てくる事件です。

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答58 ”スロースリップ”と呼ばれる地殻変動でした。千葉県東方沖では、フィリピン海プレートが千葉県側の北米プレートの下の常にもぐりこんでいますが、それが限界に達すると元に戻ろうと反発して大地震が起きる、とされています。スロースリップ現象はそ の現象が、ゆっくりと動く現象で、大地震は起きない現象です。 昨年12月29日、31日、1月1日、2日、7日と相次いで千葉県を中心に震度3以下の地震が起き、我が家も何回も揺れましたが、1月10日国土地理院から、”常時観測している電子基準点(GPS観測)での観測では、1月2日ごろからの数日房総沖ではスロースリッ プ現象で6cmの動きが推定される” と発表がありました。通常の報告レベルの発表で、内容も大地震回避だったので、”不穏の動き”ではないのですが、週刊誌の見出しは”異例発表”とあり、しかも女性週刊誌であ ることに驚きでした。

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答57 「真空パック」です。地図作成時点での状況を保存しておくので、現代風のうまい表現だと思いま した。またゲストである小説家の荒俣宏氏の小学校時代の板橋の空中写真で、自分の家が写っているのを見て”完全にグーグルだ”とも言っていました。正確には、”グーグルの真空パック”と言うのが良いと思いますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

答56 南極の地図です。南極の地図は、各国で地域を分担して作っていますが、日本は昭和基地のあるオングル島を中心 にかなりの範囲について、国立極地研究所の予算の移し替えで、国土地理院で作っています。日本的な地名はこの範囲の地図につけられています。 南極の地図 のほか、爆笑問題の田中氏の育った東京の中野の大正時代の2万5千分の1の地図、米軍の上陸を想定した書き込みのある戦時中のグアム島の地図などが紹介さ れした。このような多種多様な大量の地図書庫であることを、”地図好きのタレントのタモリさんが来たら、ここで暮らしちゃう”と言う表現で、爆笑問題の 太田氏が言っていましたが、うまい表現だと思いました。  国土地理院のホームページから

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答55 国土交通大臣賞は 「徳山ダム~立体地図で湖底を見る~」 でした。岐阜県 揖斐川町立揖斐川中学校 3年山口 愛加さんの作品で、等高線を少しずつ切り抜いて積み重ね、ダム湖の水面はその高さにアクリル板のような透明な水色のものを挟み、湖底が見えるようになって いました。湖底は、旧版地図を使って等高線を切り抜いたそうです。この作品は(一財)日本地図センターの2013年11月号の表紙も飾っています。アイデ アに富んだ大変な力作だと思いました。  文部科学大臣賞は「神戸空襲から考えたこと」でした。神戸市立長坂小学校6年小渕菜緒子さんの作品で、戦時中100回を超える空襲を受けた神戸市について、空襲のあった日時を書いたシールを、地図上のその場に貼っていったものでした。人々の不安や悲しみが、地図を通して伝わってくる考えさせる作品だと思いました。  左(上)が「徳山ダム」、右(下)が「神戸空襲から考えること」

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答54 国会前の憲政記念館の構内にある日本水準原点標庫です。石造によるローマ風建築で、明治の 数少ない近代洋風建築として東京都指定有形文化財に指定されています。日本水準原点はこの中にあり、東日本大震災後標高は2.4cm低く改訂され、 24.3900mとなっています。なお佐立氏は、東京駅の設計をしたコンドル氏の弟子です。 左(上)の画像は国土地理院のホームページからで、右の長方形は日本水準原点を説明している石碑です。右(下)の画像は2015年に小樽に行った時撮った写真で、旧日本郵船の建物です。左の方に説明盤があり、佐立氏が水準原点標庫も設計したことが書かれていました。

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答53 ①の銚子市東芝町です。読み方は”ひがししばちょう”で、西芝町とともに銚子駅の北川に位置しており、大手家電メーカの東芝とは特には関係ありません。府中市東芝町及び川崎市幸区小向東芝町にはそれぞれ東芝の工場があり、茨木市太田(おおだ)東芝町には2008年まで東芝の工場がありました。

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答52 地球儀です。この公園は、名古屋市西区にある「ノリタケの森」で、主人公の後ろの方に映っている地球儀は撮影のためにセットされた物でした。この物語の背景に太陽光発電の技術開発とその特許を狙うアメリカの特許マフィアとの戦いがあり、世界的なものだとのことを示すために地球儀を使ったのかもしれません。主演の西島隆弘氏は知りませんでしたけれど演技はうまかったと思います。NHKのホームぺージから

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答51 ”位置”です。通信や鉄道サービスを使うたびに記録される位置情報について、通信会社や鉄道会社は、その情報を社内で利用するだけでなく、外部の企業に販売し始めていることが放映されていました。人の流れが時間で把握できることから、新たなビジネスとして注目されていることを感じました。ただ情報取得の承諾、拒否の手続きをどうするか、位置情報から挙がる利益をどう分配するか、課題もまだあるとのことでしたが。

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答50 コジマ電機です。配布のことが新聞チラシに書かれていたので、近くにある店で早速もらってきました。店に行くと”毎年恒例の日本地図のカレンダー”と表示されていました。今まではビッグカメラで行っていたものが、コジマと提携したので今回から両社で行っていたのだそうです。なお地図の製作会社は描かれていませんでした。

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